
| 伊自良南小学校の歴史は次のようである。 |
| 明治 6年(1873) 3月 浚明学校(しゅんめいがっこう)と称し開校。 |
| 明治24年(1890)10月 濃尾大地震により校舎倒壊。明治25年3月まで休校となる。 |
| 明治25年(1891) 4月 大森尋常小学校と称す。 |
| 明治32年(1899) 4月 大森高等小学校、併設される。 |
| 明治43年(1910) 4月 大森尋常高等小学校と称す。 |
| 昭和 2年(1927) 4月 下伊自良尋常高等小学校と称す。 |
| 昭和16年(1941) 4月 下伊自良国民学校と改称。 |
| 昭和22年(1947) 4月 下伊自良小学校と改称。 |
| 昭和30年(1955) 4月 伊自良南小学校と改称。 |
| 明治24年には、伊自良村を横断する根尾谷断層を中心とする濃尾大地震により、村内の建物をはじめ、学校も倒壊する。 このような災害にも負けず、以後たくさんの児童を育ててきた。 昭和30年(1955)、村内の合併により、伊自良南小学校と改称して、現在まで128年の歴史がある。 |
| 伊自良地域には、縄文の時代から人が住んでいる。大門地区には古墳群があり、その足跡が見られる。 三方を山に囲まれ、村の真ん中に伊自良川が流れている自然豊かなところである。昔からの生活を守りつつ、今の時代を見越した生活が営まれている。 最近は、新しい家が建ちはじめ、岐阜市のベッドタウンとして注目されはじめている。 児童数も、年々増えています。 |
| 学校の教育目標「やさしく かしこく たくましく」のもと、本校は道徳の研究を継続して行ってきた。 また、AETによる国際理解教育、平成8年度にはコンピュータの本格的な導入(21台)により、情報教育にも取り組みはじめた。平成9年度は特別教室の増築工事が始まり、新しい時代を見越した学校作りが始まっている。 |