サラブレッドの三大始祖
現在世界に生存しているサラブレッドの父系は、全てダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリータークという、いわゆる「三大始祖」にさかのぼることができる、ということがよく知られている。
それとほぼ同義の意味合いで、現在のサラブレッドの父系はエクリプス、ヘロド、マッチェムという3頭の種牡馬にさかのぼることができる。中でもエクリプス系統の広がりが大きく、世界のサラブレッドの90%以上がエクリプス系統で、残りの大半がヘロド系統、1%程度がマッチェム系統であると言われている。エクリプスはダーレーアラビアンから数えて5代目にあたる馬で、スコットランドとの戦争で功績のあった(功罪半ば)カンバーランド公によって生産された。カンバーランド公は前述のヘロドをも生産していて、いわば現代競馬の父ともいえる存在であるが、戦争時にスコットランド兵に対して行った残虐な殺戮によって残忍な軍人というレッテルを貼られている。
未来を先取る、エクリプス
三大始祖馬の「ダーレーアラビアン」「ゴドルフィンアラビアン」という名前からもわかるように、サラブレッドはアラブ系の馬が改良されて成長してきた品種である。エクリプスの時代はまだサラブレッドも発展途上であり、小柄でずんぐりとしたアラブ系統的な体型をしていたのだが、エクリプスはそんな時代にあって後脚が見事に発達した大柄な馬体を誇り(上の絵を見ていただければ一目瞭然だが、今のサラブレッドと比べても全く遜色ない馬体をしている)、気性が強く、現在のサラブレッドの特徴をほとんど兼ね備えていた。やはり、このような馬でなければ世界中に自分の血を広めることはできないのであろう。馬主であったワイルドマン氏はエクリプスのあまりの気性の悪さに去勢を考えたこともあったそうだが、そうならなかったことはサラブレッドにとって非常に幸運であったといえる。
偉大なる馬は日蝕の夜に
エクリプスは1764年のエイプリルフール、皆既日蝕の日に誕生したため、「日蝕」を意味する馬名を与えられた。何しろ昔の話であるから、エクリプスの競走成績については文献によって18戦18勝から26戦26勝まで様々な説があるが、一度も負けなかったことだけは確かなようだ。
「他はまだ見えない」の真実
もう一つ、エクリプスに関する逸話として「エクリプス1着、他はまだ見えない」というオケリー閣下の名言がある。この表現は、他の馬が見えないほど離されているという訳ではなく、ヒート競走のルールで入着を認められる地点に他の馬が達しない、という意味の誤訳であるらしいのだが、長い間そのような誤訳がまかり通ってきたこと自体がエクリプスの偉大さを証明しているのではないだろうか。
世界競馬の父
とにかく、エクリプスの登場によって当時は低かったイギリスの馬産レベルが向上し、ひいては後々の競馬の興隆につながったことは確かである。エクリプスはイギリス競馬の父、そして世界の競馬の父となった。