写真説明 1 表門、今から150年前に建てられた門である。  明治中期に現在の場所に移転されたと記録にあるが、元々は南に  100mほどの場所にあった。  鬼瓦には、高木家の紋が入っている。  経年により老朽化が進んでいた屋敷も近年改修が加えられ表門も  立派に改修された。  私が小さな昭和30年台には、表門の東側にも長屋倉庫のような屋敷  があり入り口には、大きな木の筒に螺旋状の物が入った水を送るポンプ  道具のような物が有った記憶がある。 屋敷の南には、歴史資料館がある。手前の広場は、多良中学校の跡地で ある。歴史資料館の横には、 埋門の上には、高木三家入郷地の記念碑が建てられている。 石積みの下には、これまた石で作られた側溝のような構造物を見ること が出来る。 綺麗に積まれた石積みは、職人技である。コンクリートも使わず、これだけ の石の構造物を造り何百年経った現在でも立派に機能していることは本当に 素晴らしいの一言である。さすが二条城や駿府城の普請奉行に携わっていた 高木家である。 旧国道(365号線)から屋敷跡への登り口、丁度我が家の前であるが、 ここも石積みが積まれている。ブロック積みにはない独特な美しさで 見る人の目も和ませてくれる。 屋敷の入り口を少し北へ下ったところにある大きなカーブ、小さな頃から 「くるみ坂」って呼んでいた。この高い石積みの上が西高木家の屋敷で ある。 鳥瞰図 西高木家に残る高木三家付近の鳥瞰図 西高木家の表門が現在のグランドの南端付近にあり周囲を塀で囲まれて いたことが分かる。埋門から出た所から北高木家の屋敷、上石津町の 役場跡から多良診療所跡付近までが東高木家跡であった。 高木三家の屋敷が有った頃の面影は、現在も残る石垣にかいま見ること が出来る。当時の様子を思い浮かべながら屋敷跡から大神神社界隈を 歩いてみると歴史を感じさせてくれる。