大垣の古城(3)
16.釜笛城と小寺氏
新修大垣市史によると、天正2年(1574)5月、多芸郡の野方を開拓して、兼父絵(釜笛)村という。 |
17.上笠城
上笠城は、大垣市上笠町にあったという。 |
18.野ロ城
野口城跡は、現在その位置は判然としない。 |
19.長松城
長松城は、大垣市長松町にあった。 |
20.青野城
今井系図によると、大永5年(1525)6月5日江州の浅井亮政が美濃を侵略したとき、青野国府城主鷹司忠勝の弟康好らは討死した。とあり青野国府城という呼ぴ名がでてくる。 |
21.赤坂城と谷氏
赤坂城は、戦国時代未期、美濃国守護土岐・斎藤両家が亡ぴ、織田、豊臣の天下統一が成されてゆくころ、谷七郎左ヱ門源衛友(みなもとのもりとも)が住んでいたところである。 |
22.円興寺城
平安末期の源平合戦のころ、元暦元年(1184)2月7日、一ノ谷の合戦に参加して戦功のあった里見金太夫は、頼朝からその賞として不破・多芸両郡のうちで十五町歩を与えられ、円興寺城に住んだがさらに安八郡平野庄二十一力村の地頭職に補せられたという。 |
23.勝山(かちやま)御陣城
一般的にいう城のうちには入らぬが、天下分け目の関ケ原合戦のとき、徳川家康が最初の陣地として、一応は、城と呼ばれた。 |