オーストラリア国旗 2KB

豪州バラマンディ・フィッシング]Y
アボリジニの大地アラクン

テリー&サイモン 6KB
お世話になる名ガイド:テリー・ホールマン氏(左)と
母船ピクーの管理人兼料理人:サイモン氏(右)


擬似餌の玉手箱>豪州バラマンディ・フィッシング>'09/9遠征


'09/9/17(木)〜18(金)

〜 いざ、出発!!


豪州遠征の荷物 6KB 3月中旬、旅行代理店で航空チケットの予約をしてから半年が経ち、やっとオーストラリアに向けて旅立つことになった。使わずに取っておいた夏休みとシルバーウイークとセットして17日から27日までの連休を確保したのだ。目指す場所はケープヨーク半島の西側、コアな釣り人にはとても有名なウエイパの少し下、約100kmほど南に位置するアラクン(Aurukun)。ウエイパについての情報は結構あるのだが、アラクンについてはグーグルなどのサイトで検索しても情報は全く引っかからず、事前情報は殆どない状況。いくら探してもないので、ちょくちょく利用しているFishing Cairnsのサイトに載っていたリポートと、今回お世話になるアラクンのフィッシングチャーターのサイトを読んでイメージを膨らましていた。

 16回目となる豪州遠征は、ケアンズから国内線でケープヨーク半島を横断し、アラクンの洋上に浮かぶ母船に宿泊するため、費用が今までの2倍くらいになる。旅費の捻出とメタボ対策のウエイトコントロールを兼ねて、毎日、お昼は職場にある食堂の"かけうどん、270円"で質素に過ごした。また、7日間に亘る釣行期間中、揺れるボートの上でへこたれずに竿を振り続けることが出来るようにと、日頃からエレベータやエスカレータは一切使わず、握力強化ハンドグリップを握り締めながらビルの11階にある職場へ息を弾ませながら階段を上がっていた。こんな地味な努力をコツコツと重ねつつ、体調を整え、職場の上司やスタッフ達の協力を得て、やっとこの日を迎えることが出来たのだ。

 前日までに荷造りは完璧に済ませ、飛行機に預ける荷物の総重量が20kg以下であることを体重計を使って確認。昨日スタートした民主党の鳩山内閣のニュースを横目で見ながら、心配していた大型の台風14号の動きをネットで確認。台風は日本の南海上にあり、フライトには影響がない様子。鉄道は人身事故もなく順調に動いているため、昼食をゆっくり食べて一服していると、迎えのタクシーがやってきた。クソ重いスーツケースはタクシーの後部トランクへ。厳重にロッドを梱包してあるバズーカを苦戦しながら車中に押し込み、午後1時半に自宅を出発した。

〜 久しぶりの成田空港 〜


 磐田駅からJR東海道線の在来線で掛川駅まで。磐田駅にはエレベータがあるのだが、掛川駅には未だ設置されていない。階段を踏み外さないように注意しながら重い荷物を持ち、新幹線ホームまでやっと辿り着く。平日の真昼間なので新幹線はガラガラのハズ。それでもスーツケースと2mを越すバズーカの置き場を確保するため、最後尾車両の一番後ろの座席に陣取って品川駅を目指した。成田エアポートを使ったのは過去一回だけ。2003年9月の遠征の時、名古屋・ケアンズ間の航空チケットが確保出来なかったのだ。当時、新幹線品川駅(2003年10月1日開業)はなく東京駅下車。不案内な東京駅地下にある成田エキスプレスのホームへ辿り着くまでにとても苦労した記憶があるのだが、今回は品川駅を利用。新幹線ホームと成田エクスプレスのホームが隣接しているため、移動距離は短くて乗換えがとてもスムーズ。これには本当に助かった。

成田空港 4KB ガランとした成田エクスプレス内で、旅行日程をチェックする。降りる駅は空港第2ビル駅。「時々、勘違いして成田空港駅まで行ってしまう人がいる」と旅行代理店から聞いているので、下車駅を間違えないようにと少し緊張しながら到着時刻を確認する。駅に到着してから空港施設内に入る際、パスポートの提示を求められるとは知らず、人ごみの中、入り口付近でまごつきながらも無事にゲートイン。帰りのキップを買う場所を確かめたり、売店でパンを買って空腹に備える。ショッピング街をぶらりと歩いた後に、早めに航空会社の窓口でチェックイン。いつものとおり1番で受付をしたのは良かったが、預け荷物のスーツケース内にライターを入れていたので、その場でカギを開けて取り出すハメになった。

 「いつから預け荷物にライターを入れちゃダメになったんだろう?」「なんで機内持ち込みがいいんだろ?」と疑問がフツフツ湧いてくる。しかし、スーツケースに入れたままには出来ないので、列に並んでいる人達の冷たい視線を背中にヒシヒシと感じながら、荷物の奥深くに突っ込んであったライターを慌しく取り出し手荷物に移す。預け荷物の総重量は20kg以内に収まっており、希望どおりトイレ付近の通路側座席を確保して、直ぐに出国手続きを済ませた。因みに格安航空会社(LCC:ローコストキャリアー)のジェットスターエアウエイズのゲートは、空港施設内で最も遠い所にある。途中の売店でお茶のボトルを2本買ってから、シャトルに乗って別棟のサテライトへ移動。更にそこから延々と歩いて"最果ての地"かとも思える88番ゲートへと向かった。

〜 格安航空会社ジェットスター 〜


ケアンズ空港 5KB ガラガラだったロビーが、徐々に旅行客で埋まってきた。新型インフルエンザの予防なのか、既に罹病しているのかは不明だが大きなマスクをしている人が目立つ。時折、咳き込む人が横に座ったりすると、さりげなく席を移動し人の少ない場所へと移動。「我ながら少し過敏になっているかも・・・」と思いつつも、これからの長丁場になる遠征の事を考えて、持参したマスクを着けることにした。友人達に最後のメールを打って携帯の電源を切り、午後9時25分発 ジェットスターエアウエイズ26便(エアバスA330-200)に乗り込む。ケアンズまで7時間半のフライト。時間どおりの出発かと思いきや、滑走路へ移動した後、15分も待たされて離陸。

 いつもは事前に毛布類とミネラルウォーターが配られているのだが、今回は何にもない。「寒い、寒い」と言いながらフライトアテンダントに毛布の提供を求めるオバチャン達を横目に、デイバックから前回の遠征時にキープしておいたジェットスターの毛布を取り出し、体を包み込む。毛布セットとイヤホンが配布されたのは水平飛行に移って暫くしてから。昨年までは靴下もセットの中に入っていたのだが、今回はなし。年々、サービスが低下していくのが如実に判る。

 真夜中近く、午後11時半頃にやっと晩飯が出てきた。飛行機に乗る前に何か食べておかなければ、空腹で飢え死にしてしまうのではないか!? 注文したカツ丼の味は残念ながらイマイチ。これまでカンタス、オーストラリア航空、ジョットスターと乗り継いできたが、年々、食事に対する楽しみが減ってきてしまった。特にデザートの変わりようったら雲泥の差がある。しかし、まぁ、これも安い航空運賃でオーストラリアまで行くためには仕方ない。高い質のサービスを求めるならビジネスクラスやファーストクラスのチケットを取れば良いのだ。セントレアから他国を経由してオーストラリアへ向かうことを考えれば、直行便があること自体に感謝しなければならないのかも。

 2回ほど軽い乱気流の中を飛んだが、順調にケアンズに向かって飛行。機内はとても乾燥しており、空港で買っておいたお茶を度々口に含んで喉の渇きを癒す。午前3時過ぎ、朝食代わりの軽食が出された。デニッシュ2個にヨーグルト、これにジュースをもらって胃の中へ落とし込みながら、腕時計を1時間進めて現地時間に合せる。美しい朝焼けの中、時間どおりにケアンズ空港へ着陸。しかし、飛行機と連絡通路の位置合わせがうまく出来ず、機体が何度となくグググッと小刻みな前後移動を繰り返し、いつまで経ってもハッチが開かない。私は、飛行機がバックするのを初めて経験した。パイロットが未熟なのか、空港側のスタッフが不慣れなのか判らないが、周囲の人たちも落ち着かなくなって小さな窓から外を見る。

〜 時間がないんだ!!


スカイトランス航空 6KB 国内線スカイトランスのチェックインタイムが午前7時。私には時間がない。連絡通路を小走りに移動し、入国手続きをする。スーツケースが出て来る間の時間を利用して豪州ドルに換金。空港内での換金はレート(89.81円)が悪く、更に2%もの手数料を取られるのでパスしたいのだが選択の余地がない。成田空港では換金レートが89.16円だったのでちょっと損をした感じ。バックから札束が入った封筒を出し、窓口の女性スタッフに渡した。彼女が手際良くカラフルな豪州ドル札を数えながらこちらに示す様子をぼんやりと眺める。想定していた金額よりも多いので、彼女が間違えたのかと思いきや、間違っていたのは自分の方。もしもの時に使うお金も含め、持ってきた日本円をほぼ全部換金してしまうという大失態。分厚い札束を手にしてガックリと肩を落とす・・・。

 スーツケースが回転テーブル出してきたのが6時半。一方、大切な竿を入れてあるバズーカは、いつまで待っても姿を現さない。いつもなら空港係員が手持ちでバズーカを運び壁際に置くのだが、周囲を探してもどこにも見当たらない。暇そうにしていた空港係員に聞くと、ずっと後方を指差す。その場へ走っていくと、オーバーサイズの預け荷物が搬出される専用のテーブルが新設されていた。そこには私のバズーカのほかにベビーカーなどが置かれている。私以外にも荷物を受け取れず困っていた人がいるに違いない。

 税関審査を待つ長い列の最後尾に並ぶが、刻々とタイムリミットが迫る。6時50分、ついに空港係員を呼び止めて、正しい英語かどうかは判らないが「アイ ハブ ノータイム !! 」と叫ぶ。アラクン行きの国内線に乗り遅れそうなことを手短に伝えると、彼は慌てて私を連れて税関へ。少しぐらい間違っていても、案外言葉は通じるものである。税関待ちの長い列に並んでいる旅行者の冷たい視線をここでも感じながら小走りに走る。申告カードの記述内容について幾つかの質問について答えて、荷物はノーチェックでOKをもらう。到着ロビーに飛び出すと、壁際で大きな声で電話をしているガイドのテリーを発見。私がいつまで経っても姿を見せないため、国内線のスカイトランスに電話を入れていた最中だった。挨拶もそこそこに、「トシ、乗り遅れそうだから、あそこまで走るゾ」と号令が下る。彼が指差す国内線の空港施設は、遥か向こうだった。

〜 アボリジニの大地アラクン 〜


アイロンレンジ空港 4KB 同じ建物の中に国際線乗り場があるかと思いきや、「ゆっくり歩いていたら15分以上掛かるのではないか?」と思えるほどケアンズ空港の国際線と国内線の施設は離れている。空港係員が慌てて私を税関へ連れて行った理由が良く判った。国際線到着ロビーを出て、スーツケースをガラガラと引きずりながらバズーカを抱えてテリーと走る。息を切らしながらスカイトランスの窓口へと滑り込んだ。事前にテリーが電話を入れてあったので、お咎めなしでチェックイン。しかし、2人の預け荷物が重量オーバー。テリーは1.8kg、私は0.8kg超過しているとのこと。これで2人分の追加料金を10ドル取られてしまった。しかし・・・成田空港で19.3kgだった荷物が、何故、ケアンズで20.8kgになるのか。女性スタッフに文句を言いたかったが、遅れてきた手前、グッと我慢する。それでも追加料金がチップ代わりになっているんじゃないかと勘ぐりたくなる。

 午前8時、スカイトランスの空港係員に引率され、全長約22m、36人乗りの双発プロペラ機ダッシュ8に乗り込んだ。「間に合って良かった〜」とテリーと一緒に笑う。今回の遠征もテリーに世話になる。彼とは1998年4月の記念すべき豪州遠征1回目から、10年らいの付き合いだ。本当はこの遠征にもう一人、彼の友人が同行する予定だったが、丁度、学校の春休みがスタートしたところで飛行機のチケットが確保出来ずに断念した。人数が多いほど、一人当たりの費用が安くなるため同行者は大歓迎だったのだが、チケットが取れなければ仕方がない。

 座席は客室の一番前の窓際。真横にプロペラがあり、回転し始めると迫力がある。エンジン音がうるさいので、すかさず耳栓を装着した。乗客の殆どが肌の黒いアボリジニ達。白人はテリーを含めて3人、東洋人は私一人だった。不思議に思うことは、大きな枕を抱えている人が何人もいること。なんでだろ? 定刻どおりスカイトランスはふわりと舞い上がった。窓からのぞくと眼下にケアンズの町並みと綺麗な海が広がっていた。ウトウトとまどろんでいると、1時間半程で中継地点のロックハート・リバーにあるアイアン・レンジ飛行場に降り立った。

アラクン上空 3KB 空港施設というよりは、ちょっと小奇麗な納屋って感じの建物がポツンとあるだけ。田舎の鉄道の無人駅舎よりも小さいのではないか。富士山静岡空港の施設も案外こんなもんで良かったのかも。腰を伸ばしつつ、故障して断水しているトイレを借りた後、周囲を散歩していると出発の時間が来た。再びダッシュ8に乗り込んで空の人となる。この地は戦争中にアメリカが日本を攻撃するために熱帯雨林を切り開き、基地を作っていたらしい。そんな話をテリーから聞くと、景色がちょっと違って見えてくる。

 30分もしない内にケープヨークを横断し、眼下に熱帯雨林と海が見えてきた。テリーが指差した所がバラマンディと豪州魚の宝庫、そして先住民アボリジニの大地であるアラクン。緑の森の中で一際赤く見えるのが空港。飛行機はどんどん空港に向けて高度を下げ、ふわりと降り立った。飛行機から降りると、腰に拳銃をぶら下げた警察官により直ぐに手荷物チェックが始まる。アボリジニの居住区であるアラクンはアルコールの持込が禁止されているのだ。アボリジニはアルコールに対し遺伝的に弱く、アルコール分解酵素がないため少しの酒で酩酊しトラブルを起こす。彼らのアルコール依存症が社会問題になってからは、アボリジニ居住区にアルコールを持ち込むことは法律で禁止された経過がある。持ち込んだ場合は、罰金を取られてしまうので要注意だ。

〜 母船ピクーへGO!!


アラクン空港荷物受け取り 6KB アボリジニ達で賑わう空港で預け荷物の搬出を待つ。台車が飛行機の横に運ばれ、空港係員2人が荷物を降ろし始めた。その様子を見ているとハラハラ・ドキドキの連続。明らかに係員達は、荷物を台車へ放り投げているのだ。自分のスーツケースが出てきた時には、「どうか投げられませんように」と思わず祈ってしまった。幸いスーツケースは20kg近くもあるため、放り投げることはされなかったが、手元に戻ってきた時には、見慣れない大きなキズがアチコチに付いていた。因みに私が使っているのは、空の状態で6kg弱あるサムソナイトの旧型スーツケース(2003年9月購入)。サムソナイトは国内最高品質、壊れない堅牢なスーツケースとして昔から有名なメーカーなので長らく愛用しているのだ。しかし、毎回、預け荷物が20kgギリギリ。少しでも軽くしようと、もっと軽いソフトケース・タイプに買い換えることを考えていたのだが、殆どの荷物が放り投げられている光景を目の当たりにして思いとどまった。

 午前11時、預け荷物の検査が終わったところに、今回の遠征で世話になる母船ピクーの管理人兼シェフのサイモン(38歳)がトヨタのピックアップトラックWキャブで登場した。簡単に自己紹介をして挨拶を交わし、車に乗り込む。そして、空港から数分の所にある真っ赤な砂浜の海岸に到着。自宅を出てから20時間半が経過。やっと目的地であるアラクンの水際に立つことが出来た。思わず、HEROESの主人公の一人、ヒロの様に「ヤッター!!」と大きな声で叫んで深呼吸をする。

アラクン海岸 4KB 波打ち際に留まっているフィッシングボートに荷物を乗せてエンジンスタート。このボートに乗って沖に停泊している母船ピクーに向かうのだ。遠くに小さく見えていたピクーが徐々にシルエットをハッキリさせ、目の前に迫ってきた。その姿はまさにフィッシングチャーターのサイトでチェックしていた写真と同じ、銀色に輝くカッコイイ船だった。母船に乗り込み、直ぐにエンジンスタート。ヤマハの4ストローク60馬力の船外機を2基を積んでいる2階建ての双胴船が、フィッシングボートを3艇牽引したまま、ゆっくり動き出した。

 私が海だと思っていたこの場所は、ワトソンリバーアーチャーリバーが流れ込む大きな湾、アーチャーベイ。ピクーは湾の中央部にあるロングアイランド近くでエンジンを切り、アンカーを下ろした。ここが遠征の拠点となって毎日寝泊りし、フィッシングボートで無数にあるポイントを釣り回るのだ。一服する前に、サイモンから船上で生活するための注意事項について説明を受ける。ここで生活するのは私とガイドのテリー、そしてサイモンの3人のみ。つまり私がこの船を丸ごと貸し切っているような状態なのである。ライフジャケットの装着方法から始まり、燃料が積んである場所での火気注意、消火器の場所の確認、トイレの使い方からシャワーやベットの場所など生活空間となる要所要所について丁寧に教わった。

〜 アラクン釣行スタート 〜


母船ピクー 6KB 停船している所から極近い広大なシャローエリアにベイトが集まっており、真昼間にもかかわらずアチコチでボイルしている。小魚を追い回しているのはGTかクイーンフィッシュのようだ。慌しくスーツケースを開いて釣りを始める準備している間に、サイモンが手早く昼食を作ってくれた。腹も減っていたので、テーブルにハムと野菜のサンドイッチが並んだのと同時に手を伸ばす。テリーとパクパク食べながら、サイモンから釣り場の状況を聞いて午後からの作戦を練る。

 午後1時半頃からテリーとフィッシングボート"ピクー3号艇"で出船。サイモンは母船で一人お留守番をする。遠征1投目に選んだのは、GT、クイーンフィッシュ狙いのランカーズクラブ スキップジャッカー。母船近くの中州のようになっているシャローエリアのエッジを、ゆっくりボートを流しながらフルキャスト。着水同時にハイスピードリトリーブを試す。開始5分で爆裂バイト。しかし、フッキングには至らなかった。つい先程まで、アチコチでボイルをしていたので入れ食いかと思いきや、ベイトが移動してしまい周囲は沈黙。タントチンパンZBLシステムミノーF11を試すが反応はない。

バラマンディ 5KB 少し場所を移動し、シャローエリアにうっすら見える曲がりくねったガーター(溝)を狙ってリップライザー130を投入。強めのバラジャークでルアーを躍らせるとドカンと出た。釣行開始15分で手にしたバラマンディは57cm。この2倍サイズのバラマンディを狙ってこの地に来たのだが、贅沢は言わない。いるべきところに魚がいて、狙いどおりにルアーを食ってくるというのはホント気持ちが良い。フィッシングプレッシャーが高い、ケアンズの湾内ではこうはいかないのだ。この魚は写真を1枚撮って直ぐにリリース。テリーとガッチリ握手をして、いつもどおりに「ボウズなぁ〜い」と声を揃える。

 因みに今回の遠征でメインタックルとなるのは、パームスEGC-606アンタレスARの組み合わせ。ラインはファイヤーライン25lBバリバス50LBリーダーを組み込んでいる。パームスEGC-606は今回の遠征用に購入した旧型の中古ロッド。遠征の度にバラマンディ釣りに使えそうな中古竿を次々に購入するため、今や私の部屋の片隅は竿だらけになりつつある。アンタレスARはコンパクトで扱いやすく、長丁場の遠征にはありがたいリール。前回の遠征後にオーバーホールをしたのですこぶる調子が良い。しかし・・・ハンドル・グリップ部のラバーがベトベトに溶けており、不快感は相変わらずのまま。ほかのリールではグリップが溶けたりしないので、製造方法に何か問題があったのではないか。

 初日は午後半日しかないため、何処に魚がいるかサーチするだけの"試し釣り"と割り切っている。目だった変化のある要所要所を打ってみて、反応がなければ即座に次へ移動するパターンだ。ボートを進めると、水中からモッコリと岩が飛び出し、周囲とは雰囲気が違う場所があった。試しに旧タイドミノースリムSRを打ち込むと一発で61cmのバラマンディが出た。60cmUPだったので、すかさず夕食用にキープする。この魚を釣ったルアーは既に生産中止となっているが、長い間、私のスズキ釣り用一軍ボックスから姿を消さないで残っている。近年、ソルト系ルアーは極端なスリム化が進み、ルアーに最も必要な魚に対するアピールが著しく減少してしまった。このルアーは"スリム"という名前が付いていてもボリュームがあり、魚を引き寄せる力がある。強めのジャークをして使えば、バラマンディ釣りにも十分通用する良いルアーなのだ。

〜 魚を求めてラン&ガン 〜


バラマンディ 5KB これまでバラマンディ遠征で使ったことがないルアーを今回は持参したので、良さそうなポイントでは一気にアレコレと試す。ブーツ140にはバラマンディらしき魚が3度もチェイスしてきたのだがバイトには至らない。このルアーはキャスト後、一拍おいて強くジャークすると非常に良い捕食音を演出できるので、絶対釣れると信じていたのだが、何かが違うようだ。続いて、ブーツ120タイドミノー120LDプロップダーター110コンバットクランク320を乱射すれども魚は姿をみせない。懸命に竿を振っている最中、テリーが突然、沖の方を指差し、「ジュゴンがいるぞ」と言う。残念ながら見逃してしまったのだが、ここはジュゴンが生息しているようだ。とても臆病な動物らしいが、静かにしていれば再び姿を現すかもしれない。マングローブの根際ばかりを見て竿を振るのではなく、たまには目線を変えて視野を広く取るようにしようと心に刻む。

 母船ピクーに一旦戻り、キープしてあったバラマンディをサイモンに渡して、次のエリアへと移動する。干潮になると干潟になるシャローエリアでテリーがフライを始めた。ルアー釣りと違って飛距離は伸びず、ポイントへフライを送り込むまでに何度も竿を振らなければならない。とても非効率な釣りのように思えて仕方がないのだが、彼は開始早々に40cmUPのトレバリーをキャッチした。ケアンズ近郊で見るトリバリーとは少し姿が違うので名前を聞くと、「ブラシートレバリー」という答えが返ってきた。トレバリーのファイトは素晴らしく、セカンドタックルとして準備してあるコンバットスティックICSC-58MH+アンタレスDC7を使ってすぐさまポッパーを投入する。私が試したのはGスプラッシュ80スキッターポップSP9ポップクイーン。テリーが使うのはTDポッパーSW。魚が反応したのはテリーのTDポップパーSW。魚は狙っていたトレバリーではなく、40cmUPのクイーンフィッシュだった。テリーが釣ったトレバリーとクイーンフィッシュは、マッドクラブを捕まえる時のエサにするためにキープする。

ブラシートリバリー 4KB 干潮で中洲が現れてきた。周辺のシャローエリア一帯には小さなベイトの群れが集まっている。これを狙ってプレデター達が集合するハズ。時間が経つにつれ、水面が賑やかになってきた。ここでトッププロであるテリーが、その腕前を私に見せ付けた。TDポッパーSWで58cmのバラマンディを釣り上げた直後、ロングA(15A)に交換して50cmUPのマゴチをキャッチ。その2分後には63cmのバラマンディを追加した。この間、もちろん私も船首に立って竿を振っているのだが、コツリともバイトはない。相変わらず、お客様より魚を沢山釣ってしまう名ガイドのテリーなのだ。

 因みに、彼が使うロングAは新色のようで、クロームベースのブルーバック、少しパープルを吹いてあるソルト系の素敵な色をしていた。ルアーを取り出した際に、「この色はどうかな?」と自信なさげに聞いてきたが、使い始めるとあっさり答えが出てしまった。以後、遠征中はこのルアーが頻繁に登場することになったのだ。オーストラリアでロングAが好まれる理由は簡単。安くて、魚が良く釣れること。そして壊れないこと。ボディは高温に強く、ぶつけても割れない。ダルマピンはしっかりしており変形しにくく、浮力があるので太軸フックを装着してもへっちゃら。国産メーカーが、強風に負けないロングAのブッ飛び版のようなルアーを作ったら、全世界で通用するド定番・大人気のルアーになるハズ。しかし・・・今の状況を見ていると、多分これを先に成し遂げるのは中国のメーカーだろう。

〜 夕マヅメの勝負 〜


テリー&豪州魚 5KB テリーがロングAでナマズを追加し、5種目達成。このアラクンは何が釣れるか判らないところが楽しい。彼の動作を横目でチラチラ見ながらキャストをしていると、突然バチッと音がした。珍しく、彼のラインがガイドに絡まって高切れし、お気に入りのTDポッパーSWが遠くにふっ飛んでいく。ルアーは水面ギリギリに浮いていたのだが、豪州魚達に持っていかれないように、慌ててエンジンを始動して無事に回収。「プロらしくないなぁ」と笑っていると、今度は私のロングAが長いラインを引きずって、ふっ飛んでいった。当然、テリーから「ヘ〜イ、トシ〜!!」と笑われる始末。アンタレスDC7を使い始めて、スプールのところでラインが切れるトラブルを何回か経験したが今回も同じ。特段、激しいバックラッシュをしたわけでもない。何故このようなことになるのか、未だに原因が判らないままだ。このファイヤーラインに何か不具合があるのだろうか。

 夕マヅメ、デカバラ狙いの一発勝負で場所を移動。クリークの合流点に移動し、流れに押されて湾内へ下ってくるベイト達を食っているであろうバラマンディを狙う。選んだルアーは11.5cm、21g、ピンクヘッドのアマゾンジャーク。アマゾン川で使うことをイメージしたラトル音がとても耳障りなヤツ。耳元でルアーを振ると、こめかみや奥歯のあたりがキリキリとしてくるのだ。このルアーを上流に向けてフルキャスト。アップテンポで首を振らせて水面を賑やかに引いてくる。ルアーを通すコースを少しずつ変えながら、キャストを繰り返しているとドカンと出た。トップに出るバラマンディは活性が高く、フックアップ後も派手に暴れまくり、エラ洗いを繰り返す。オーシャングリップでガッチリとホールドした魚は55cm。サイズは小さかったが、バラマンディ釣りの醍醐味を味わせてくれた1匹だった。

アマゾンジャーク&バラ 4KB 午後6時、この1匹で初日は納竿。母船ピクーに向かってボートを走らせる。半日の釣行で、様子は徐々に判ってきた。このエリアのバラマンディのアベレージサイズと居場所。バラマンディの他にパワフルな豪州の猛魚達が躊躇なくルアーに襲い掛かること。様々なシチュエーションを想定して持参した100個のルアーを、フィールドに合わせてかなり絞り込めること。そして、"ピクー3号艇"は私達の釣りのスタイルに全くマッチしないこと・・・私達は、早いテンポで魚を求めてラン&ガンを繰り返すのだが、スロットコントロールのレバーの動きが悪かった。これによってテリーは微妙な加減が出来ず、移動の際に突然エンジンが吹け上がってボートが急に動いて、私は2度も船首でひっくり返ったのだ。狭いボート上で転倒するのは、時として大怪我につながる。怪我をした場合、アラクンにはまともな病院がないため、ちょっと大変なことになってしまうのだ。

 ピクーに戻り、サイモンに今日の釣果を伝えるとともに、"ピクー3号艇"のスロットコントロールレバーの動きが悪いことを伝えた。一般客はアンカーを下ろしてじっくり釣る場合も多いようで、レバーの動作不良は余り気にならないのかもしれない。サイモンとテリーがアレコレ話をして、明日は"ピクー2号艇"を使うことになった。しかし、いずれのボートも中央部に操縦席があるタイプのフィッシングボートであるため、キャストの際に気を使う。そこには竿を立て掛けてもいるのだから。普通はゲスト2名にガイド1名の3人が船に乗って釣りを釣るらしいが、ルアー釣りの場合は明らかに狭いと感じるだろう。

〜 明日に備えて 〜


夕食 6KB 缶ビールを1本飲んで一息ついた後、サイモンが操縦する"ピクー2号艇"に乗って、カニ籠を引き上げに向かう。彼は私のために前日から2つ仕掛けておいてくれたのだ。マッドクラブは何処にでもいるわけではないようで、仕掛けてある場所は母船から少し離れた場所。心地よい風を感じながら暫く船に乗る。夕闇が徐々に迫ってくる中、前方に2個のフロートを発見。サイモンはボートを寄せて、慣れた手つきでロープをフックで引っ掛けてカニ籠を引き寄せる。1個目は空っぽ。エサを今日釣ったトレバリーとクイーンフィッシュに交換し再投入する。2個目の籠にはマッドクラブが2匹とガザミが1匹入っていたのだが、サイズが小さかったのでリリース。エサとしてバラマンディのデッカイ頭を入れて、再び湾底に沈めた。山ほどカニが捕れてマッドクラブパーティーが開けるかと思いきや、「アレ???」って感じで肩透かしをくらう。「でも、まぁ、今日はまだ初日だしね」と余裕をかまして母船に戻る。

 シャワーを浴びてスッキリした後に夕食。初日のメニューは、私が釣ったバラマンディのムニエルとOZビーフのステーキにサフランライスとサラダを添えたもの。赤ワインをいただきながら、ゆったりとした気分で、至福の時を過ごした。「こんなに美味しくて、ボリューム満点の食事を毎日食べていては、4〜5kg太っちゃうよ」と笑いながら、明日の作戦を練る。サイモンのノートPCを囲んで、Google Earthでアラクンの全体の地形を把握。そして今日チェックしたエリアを確認する。自分は全く、何処で釣りをしていたのか見当も付かなかったのだが、さすがにガイドのテリーはキッチリと場所を押さえている。彼は画面を指差しながら、今日半日、どのように移動していたかを教えてくれた。

 因みに、バラマンディは何処にでもいるという魚ではないため、先ずは広大なエリアの中からザックリと絞り込む必要がある。続いて、大きな変化がある所を選び、最後はここぞというピンポイントで魚の反応を確認。バラマンディが釣れたら、同様の景色がある場所をラン&ガンで拾い釣りをしてゆく。頭では判ってはいるが、実際はとても難しいことで、これは経験のあるプロだから効率良く出来るのである。私のような素人がボートを操縦して釣りをした場合、魚を手に出来るかどうかは非常に怪しくなるだろう。


1日目の釣果結果

TOSHI

TERRY

バラマンディ


2

トレバリー


1

クイーンフィッシュ


1

コチ


1

ナマズ

1

1



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